朝の光が、
カーテンの隙間からこぼれていた。

遠くから鳥の声がして、
まだ少し眠たげな街の音が静かに流れてくる。

彼はゆっくりと目を開けた。

昨日のことを思い出すのに、
少し時間がかかった。

（小さく息をついて）
……そうだ、あの黒猫。

枕元に目をやると、
そこには誰もいなかった。

少しだけ胸の奥がざわついた。

けれど、すぐに気づいた。

窓辺のところで、
黒い毛並みが丸くなっている。

陽の光を浴びながら、
ゆっくりと胸を上下させて眠っていた。

（やわらかく）
「……おはよう。」

黒猫は片目だけを開けて、
あくびをひとつ。

その仕草が妙に人間くさくて、
思わず笑ってしまう。

キッチンに立ち、
お湯を沸かす。

湯気がのぼる間に、
黒猫はトコトコと歩いてきた。

（少し笑って）
「腹、減ったのか？」

猫は小さく鳴いた。

彼は戸棚を開け、
昨日買ったままのツナ缶を見つける。

ほんの少し皿に取り分け、
床に置いた。

黒猫はしばらく見つめたあと、
静かに食べはじめた。

その姿を見ながら、
彼はコーヒーを口にした。

苦味の中に、
いつもよりやわらかい味がした。

（少し間をおいて）
「名前、つけてやらないとな。」

黒猫は食べる手を止めて、
顔を上げた。

月の光のように、
金色の瞳が彼を見た。

（やわらかく）
「……そうだな、
月（つき）ってのはどうだ？」

猫は少しだけ首をかしげ、
それから小さく鳴いた。

まるで
「気に入ったよ」
とでも言うように。

その瞬間、
彼の胸の奥で何かがほどけた気がした。

昨日までの冷たい部屋が、
少しだけ温かく感じられる。

（やさしく）
「よろしくな、月。」

猫は尻尾をゆらして、
窓の方へ戻っていった。

その背中には、
朝の光がやさしく落ちていた。